荘内神社が鎮座している所は、「鶴ヶ岡城」というお城の本丸御殿があったところです。
御城の跡地になぜ、神社が建てられたのか・・・?その理由は、荘内神社の御祭神を見ると分かります。
荘内神社には、庄内藩の歴代藩主の中から4人の方が御祭神として祀られています。
そもそもこの神社は、酒井家の歴代藩主を慕う庄内一円の人々の創意により、創建されたものなのです。

江戸時代の終焉と共に、庄内藩の政治が終わりました。その後にも人々の心に残り、
祀られた酒井家の人々は、いったいどのような人物だったのでしょうか?
荘内神社の成り立ちの礎である、御祭神となった4人の酒井家藩主をご紹介いたします。

荘内神社の御祭神 酒井家四柱

 

荘内神社創建へ
250年にわたる酒井家藩主による善政も、時代の流れの中、幕藩体制の終焉とともに終わりを迎えました。
しかし、その後も旧藩主を敬い慕う領民の気持ちは強く、明治10年(1877)藩主ゆかりの地である「鶴ヶ岡城本丸址」に、
出羽之国庄内の産土神(うぶすなのかみ)、領民達の心の拠り所として荘内神社が創建されました。
以来、開運招福・家内和合・産業繁栄の神様として、多くの人々の信仰を集めています。

荘内神社とともに 荘内神社敬神講社のご案内

荘内神社は創建当初から現在まで、崇敬する多くの方々の真心によって守られてきました。
これからも庄内の繁栄に感謝しながら、一緒に荘内神社をお守りしていきませんか?
「荘内神社敬神講社」にご入会いただいた講員の皆様に、現在も神社をお守り頂いております。
ご賛同いただける方々のご入会をお待ちしております。