宮司のエッセー バックナンバー

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平成18年12月28日の言の葉
宮司言の葉 年内最終版

娘の通う小学校の校長先生から、保護者全員にお便りをいただきました。
内容は、それぞれの家に「家訓をもとう」でした。
我が家では、どんなことを大事にしてきたか。これから大事にしていきたいか。
・親から大事なものを伝えられている子
・親や家族との約束をもつ子
生きる喜び、誇りを持った子どもを育てていきましょう。小さな紳士、淑女を育てたいのです。

私も同感です。

12月23日に、天皇陛下の御誕生日の御言葉の中で、「他人の立場にたって思いやる心」を、周囲の大人や親が育んでいただきたい。

来年は、経済や物質の豊かさでなく、心の豊かさを求めて生きたいものです。
良いお年をお迎え下さい。

平成18年12月21日の言の葉
宮司言の葉

映画「硫黄島からの手紙」

ずっと気になっていた映画を、12/20 レイトショ-で観てきました。
クリントイ-ストウッドという、ガンアクション俳優としても、映画監督としても超有名な御仁がつくった作品だが、以前に「パ-ルハ-バ-」という、アメリカ側から見た娯楽映画があったので、日本人としては情けない思いがしたので、今回も観るべきか迷ったのですが。
 観終わっての率直な感想は、「重かった」
戦後生まれの私から見ると、かなり当時の戦争を忠実に再現されていると思ったし、戦争の惨たらしさ。非情さ。指揮官の過酷さ。敵も味方も、恐ろしく、逃げ出したいけれど、それもできないもどかしさ。
 その中で、鬼畜に思えた敵兵が、彼の無事を待っている愛するママの手紙を読んだ時、愛する母がいる自分と同じ一青年だとわかった。一瞬、共感を覚えるのだが、やはり、国のために非情に戦わねばならないという無情。
 その時代の張り詰めた雰囲気というか、緊迫した空気が、平和にどっぷりつかっている私には、とても重くせつない映画でした。
同時公開の「星条旗・・・」は観ていませんが、DVDで観ようと思います。

私は、「靖国で会おう」と、散って逝かれた彼らを、感謝と尊敬の気持ちでお参りします。

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平成18年12月11日の言の葉
宮司言の葉

東京の靖国神社より「全国神社奉納絵馬展」に出展の依頼がありました。
そこで、当社では、鳥居脇に3年前から掲げています畳1畳分の大きさの「干支大絵馬」(日本画を習っている小職の母がデザイン描写。
来年は亥なので真っ白い猪に真っ赤な招福の着物を着せました)を、巾20cm高さ15cmの大きさの絵馬に縮小して手描きしてもらいました。
昨日、郵便でお送りしましたので、年末から、1月中見られます。靖国神社にお参りの時は、ぜひご覧下さい。

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平成18年12月8日の言の葉
宮司言の葉

一題 「師走」

とうとう「師が走る」なんとなく気ぜわしい頃となりました。
でも、報道を見る限り「師が走るのではなく、師が頭を下げる」毎日です。日本はどうしてしまったのでしょうか。
ある高校の生徒が自殺した当日の夜、教育の「長」とつく責任ある御仁たちがワインパーティ-・・・生命の大切さを誰が教えたらいいのでしょうか?!

提言1「自殺報道をすぐにやめるべし」
悩んでいる子供たちは、やっとバランスをとりながら崖っぷちにフラフラと立っているのではないだろうか?
報道という剣がそんな彼らを後から押しているようなものだ。
提言2「君は一人ではない」
いじめはいつもあった。私も子供の頃、いじめたり、いじめられたりした。
でも、親からもらった生命を自ら絶つことは考えなかった。その行為はけっして勇気ではない。
今の子供は弱くなったとは思いたくない。ただ、孤独になったような気がする。誰かに話してほしい。
今、悩んでいる君の、お父さんも、お母さんもきっとこう思っている。
「君が生まれてきて本当にうれしかった」
君は、一人ではありません。

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平成18年11月22日の言の葉
宮司言の葉

一題  悲しいこと

今日は、冷たい雨が降っています。
大安の良い日ということで、神前結婚式が1組ありました。
このような天気にも負けずに、お幸せになられることをお祈りします。

最近、ある宗教団体の代表の方からお聞きした気になる言葉。
  「忙しい」は、心が亡くなる。
  「慌しい」は、心が荒れる。

私たちの周囲に、心が亡くなってしまった人がいませんか?
心が荒れている人はいませんか?

また、ある学校でお聞きした言葉。
少し前は、「自己中」な人がいて、とても困った。
今は「自子中」な親がいて、何を言ってもだめだ。

「教育」という、「親や教員(未完成の人間)が1人の人間を教えて育てる」と言う、とても難しい問題です。
一朝一夕ではもちろん出来るわけがないはずで、永遠の課題でしょう。

しかし、他人の話は聞く耳を持ちたいものです。
子供を守り育てる、最終最高責任者といえる親といえども、狭い教育論を振りかざすのではなく、広い視野で物を見つめて行きたいものです。
                  

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平成18年11月15日の言の葉
宮司言の葉

題 子供の成長

11/15は七五三参りの日。いつの頃からか、この日ではなく最寄の土日に集中するようになりました。要するに大人の都合になったのです。今年も10数組のお子さんが両親と共にお参りされました。心身ともに健やかに成長をと、祈らずにいられません。子供にまつわる事件、事故(いじめ・未履修・やらせ・不正・自殺・虐待・学校、家庭の崩壊・・・)が報道されない日がないこの頃ですが、子供たちが変わってしまったのでしょうか?
情報の氾濫(携帯電話・インタ-ネット)・暴力、過激性描写(ゲ-ム)・24時間営業の店・肌を露出する服装・食事(防腐剤たっぷり)etc・・・
すべてが、便利さ、快適さ、快楽を求めさせるために、大人が考えて、若者や子供を惑わすために、つくっています。
大人が変わったのだと断言できませんか?

皆さんは、家族で朝の挨拶はありますか?
家族一緒に食事をしていますか?
子供に、家の中で役割(玄関掃き・風呂掃除・食事の支度・・・)はありますか?
あなたは、先祖を拝んでいますか?

こんな簡単なことが、家庭円満の秘訣であり、唯一の方法です。
驚く数字を一題、誰もが両親は2人です。その両親(祖父母)をたどると4人です。10代逆のぼると1200人以上の親がいることになります。すごい数です。それだけ大勢の先祖に守られていることを思えば、自己中にはなれませんよね。

                              11/15 打つ 

平成18年11月3日の言の葉
宮司言の葉

七五三参り

11/3文化の日(以前は明治節と言いました)。素晴らしい日本晴れに恵まれた一日でした。
今日は、大勢の子供たちが、ご両親やおじいさんおばあさんと共にお参りに来られ、健やかな成長をお祈りいたしました。
 その中には、荘内神社で結婚式を挙げられた方々もいらっしゃいました。
結婚10年目のある方は、月山を越えて鶴岡にお嫁に来られた方で、庄内弁がだいぶ上達したそうです。(山形風・庄内風の芋煮を作ってがんばって!)
 もう1組は、今日が結婚記念日の方で、やはり10周年でした。鶴岡から最上にお嫁に行かれた方で、お子さんは4人でした。(子育て真っ最中!がんばって!!)
 節目ごとにお参りに来てくださる方には、思わず応援したくなります。
小生も、大学2年生を筆頭に、高校2年生・中学2年生・小学3年生の娘がおります。(悩みは年代毎に違い、毎日が子供相談室のようです)

 子ども達を取り巻く環境は悪化の一途です。
子育ては大変なことであり、責任重大です。時にはどうしてよいかわからなくなる時がありますが、やはり子どもは宝物ですね。

お父さん・お母さん あなた方だけではありません。一人で悩まず、歯を食いしばって、自分育てと思って子育てをがんばりましょう。

(よろしければ、相談ごとお聞きします)

11/3 打つ 

平成18年11月2日の言の葉
宮司言の葉

第1回 鶴ヶ岡城址菊花展

今、表参道では、菊の花の展覧会が開かれています。
53名の会員が、約300鉢を持ち寄られました。
お聞きすると、毎年3月頃から菊の苗をあたかも子供を育てるかのように慈しんで栽培してきたそうです。
 菊は一株の苗から茎がす~っと伸びて、あっちゃこっちゃにたくさんの花芽をつけます。
 それを、真っ直ぐに伸びそうな良い花芽だけを残して全部摘み取ります。(花芽が小さいうちに摘み取らないといけません)
 そして、まんべんなく太陽の光を浴びさせて、肥料も多すぎず、少なすぎず適量に与えます。雨が降れば、小屋の中に入れ、晴れれば外に出します。
正に、子育てと同じですね。

 1本の苗から数百の花を付ける千輪仕立て・大きな古木に見える盆栽・直径30cmもの大きさになる大菊・長さ1mにもなる懸崖などなどいずれも素晴らしい出来栄えです。
11/5までとなっています。ぜひご覧下さい。

11/2 打つ 

平成18年10月28日の言の葉
宮司言の葉

一題 言論の自由

ちょっと重たいテ-マですみません。
10/27の夕方、標記のテ-マのシンポがありました。8/15に地元選出の代議士加藤紘一氏の自宅兼事務所が右翼と称する輩に放火され、犯人はその場で割腹(一命は取りとめた)する事件がありました。その事件が、「言論へのテロ」と考え、市民が発案したシンポジウム(小生も実行委員)でした。
 当日は田舎町にはそぐわない金属探知機があり、厳重な警戒の中行われました。
 会は、進行役を含めパネリスト4名の内ヒダリっぽい人4名(加藤さんも、真ん中よりすこ~しヒダリヨリかな?)、お1人が右翼を卒業したかのような御人1名。
 小生には、言いたい放題だけに聞こえました。

《理由その1》
自分だけは高い所にいるかのようなふるまいで、前首相・現首相を始めとする面々をさんざん批判。

小市民から見ると、権力のある人を笑いながらこき下ろすさまは少々小気味よく聞こえるが、ただそれだけでした。壇上から、言いたい放題でしたので、心に残るものがなかった3時間でした。

《理由その2》
確かに、加藤氏の家を焼くなどと言う暴挙は論外で、小生も嫌がらせ電話が続いただけで電話が怖くなった記憶があります。        

日本はかなり無秩序なほど自由な国ですよね。
天皇を批判しようが、首相の悪口を言おうが「しょっ引かれる」ことはありません。言論の自由ならばもう少し、上から下までおかしくなっているこの国のあるべき姿・理念が聞きたかった気がしました。

知らないうちに小生も言いたい放題がウツッテしまいそうなので、このあたりでやめます。

10/28 打つ 

平成18年10月27日の言の葉
宮司言の葉

一題 柊(ひいらぎ)

七五三の子供たちがお参りに来られる季節となりました。
神社の一の鳥居の両脇に柊の樹が一対あります。
この樹は古来より厄除け・魔除け・災い除けのご利益があると尊ばれてきました。
 ちょうどこの時期に、小さくて可憐な白い花を咲かせます。甘くて爽やかなとても良い香りがします。境内いっぱいにこの良い匂いが立ち込めるのです。
 もしかしたら、この香りも魔除けになるのかも。
そして、柊特有のギザギザしたとげとげしい葉っぱではないのです。とげがとれ、角がとれ、丸~い葉っぱなのです。とても珍しいそうです。人間も、この樹のようにギスギスしないで、キレないでほしいものです。
 貧しくても品のある、寛容な日本人と言われたのに、今はどうしたのでしょうか。豊かになりすぎましたか?
 もう一度、「生かされている」ということを思い出したいです。

10/27打つ 

平成18年10月21日の言の葉
宮司言の葉

10/21日本晴れの中、神前結婚式を奉仕しました。
半年ほど前にメ-ルで問い合わせがあった方で、お婿さんがアメリカ人で花嫁さんは庄内の方です。せいぜい県外の方からの問い合わせと思っていましたら、なんとアメリカからのメールでした。

 その後の打ち合わせは、1度だけの来日とメ-ルと電話で不安でしたが、地元にいらっしゃるご両親との詳細な話もあり何とか当日を迎えることがました。
神社の職員一同が長い英語歴?を生かして悪戦苦闘の奉仕でした。
三三九度は9デグレス3・巫女舞はセレモニアルミュージック&ダンス・誓の詞はセレモニースピーチです。
参列者のほぼ半数がアメリカ人でしたので、日本の神道が正しく伝えられたかわかりませんが、精一杯奉仕しました。

 引き続き、記念写真 メモリアルピクチュアーの後に、参集殿で披露宴です。こちらは、小職の家内が責任者です。彼女も冷汗をどっと掻きながら進めていました。羽織袴に、白無垢の衣装でお色直しは振袖です。CDではなく生演奏での長持ち歌で入場。鏡開きで日本酒での乾杯。北前太鼓・津軽三味線の演奏。キャンドルサービスではなく、お二人でお神酒をお酌して回られました。締めくくりは全員で花笠音頭です。とても凛々しい花婿と、清楚な花嫁に小職も感激しました。花嫁のご両親が涙ながらにお礼の挨拶をしていたのが印象的でした。

 この日参列された日本人は自国の文化を再確認し、外国の人は外国の文化にふれて堪能された様子でした。
 最近、日本人だか無国籍人だかわからない人が多く見受けられますが、今日の結婚式を奉仕させていただいて、あらためて自分の国の伝統文化を大切にしていかなければならないと意を強くしました。
学生時代、英語の勉強をもっとしておけばよかったと無駄な反省をしています。

平成18年10月3日の言の葉
宮司言の葉   キムタク 来社!!!

10/2 夕方4時過ぎ、その人物は突然やってきた。
この日、藤沢周平原作・山田洋次監督・木村拓哉主演の「武士の一分」特別試写会が鶴岡市中央公民館で行われた。

8月下旬、市役所観光課の職員と誰かが当社を訪れ、「参集殿をみせてほしい。ひょっとしたら10月頃借りるかも」といって帰られた。
9月に入っても何も無いので、この話はなかったのかと思っていたら、中旬頃に試写会に合わせて、「映画のヒット祈願祭をお願いするかもしれない。」と言われ、初めてこのような内容の祝詞を作り始めることとなった。下旬になり、撮影ポイントや、祈願祭の時間の打ち合わせなどがあり、山田監督と、女優の壇れいが来られると言われる。少し、緊張感をもって準備をすることになった。

 かなり、綿密な打合せがあり、照明も警備も地元の会社ではなく、中央から来るとのこと。「祈願祭をした後に、境内で地元の人が芋煮会をしていて、監督にふるまうことにしましょう。」と制作会社の人が話され、「これは大変なイベントのようになってきたな」ととまどいを感じてきた。

 前日には、関係者が最終打ち合わせ。晴の場合・雨天の場合・一般客が押し寄せた場合など、あらゆる場面を想定した厳しく細かい点をチェックしていたのが印象的であった。ずいぶん大げさだなあとも思った。

 当日は、朝から小雨と厚い雲が覆いあいにくの天気で、芋煮会を参集殿でするか境内でするか悩ましい天気で困っていた。
 朝からスーツ姿の警備の男性が、60名も来て境内はもちろん公園内をうろうろししている。まるで、安倍総理でも来られるのか。
 午後1:30・市役所の担当者より他言無用の極秘情報を漏らされる。

「奥さんにも言わないで下さい。実は木村拓哉氏が来る」

それで、この厳重な警備に合点が行きました。
小職も少々緊張の度合いが増しながら、そ知らぬふりで仕事をする。
 しかし、2:30頃、たまらず妻にそのことを告げると、妻はやはり舞い上がってしまった。
 3:30・何も知らされていない地元の歓迎者70名が注意事項を聞きながら境内に入って来る。
 4:00・大型バスから、見たことも無い人数のマスコミ関係者が下りてきて、慌しく、カメラのセッティングを始める。
 4:20・2台のジャンボタクシー(1台はダミー)が神社前に停まる。

最初に、山田監督が降りられ、拍手。壇れいさん。拍手。木村氏。あとはワイドショーで皆様も見た通りの、ものすごいどよめきでした。サプライズだったのです。ものすごいフラッシュがたかれる中を、控え室となる参集殿に小職が案内。参拝作法を説明し、監督に記帳をお願いする。そこで大失敗。不覚にも木村氏に記帳を頼むことを忘れてしまう。神社に木村氏が来たことを記す絶好の機会を失ってしまった。残念!もしかすると、小職も舞い上がっていたのか!

 神事が終わり、境内で芋煮会(庄内は、味噌仕立てに里芋と豚肉を入れる)が催されているところに、お三方が進まれる。花束贈呈は、監督に小職の母・女優に松平権禰宜・木村氏に小職の末娘がさせていただく。そして、やけどをしないように少し冷ました芋煮をふるまう。(木村氏に渡す役はじゃんけんで勝った小職の妹がゲット・監督に巫女小職の次女・女優に妻)
 木村氏は、庄内弁で「んめの~」と全部平らげられる。70名の参加者とお三方全員が数十台のカメラの砲列の前で食すという異常な光景も、鶴岡市民の温かい人柄でほのぼのとして良い雰囲気。

 5:00頃、拍手の中を試写会会場へ向かうお三方を見送り。終了。
マスコミ関係者80名・照明・警備関係者・スタッフにも庄内の芋煮をふるまう。6:00頃、境内は静かになる。

 その日の夜の報道ステ-ションから始まり、3日には朝から晩までワイドショ-に露出していた。スポ-ツ紙を買うと、全紙に記事が出ていました。見出しに「キムタクと芋煮ミスマッチ」には笑える。

 あらためて木村氏の知名度に驚かされた出来事であった。

                               10/3打つ

平成18年9月16日の言の葉
宮司言の葉 

親王様のご誕生は、殺伐とした世の中にあって、本当に光のようなご慶事です。
御名は、「悠仁 ひさひと」と命名されました。悠久の歴史を持つ日本の新しい「御光」にふさわしいゆったりとしたおだやかな素晴らしい御名前と存じます。
 そして御持ち物などにつけられる「お印 しるし」に「高野槇 こうやまき」が選ばれました。日本固有の樹木です。
実は、当神社に高さ15M位の高野槇の大木があるのです。
石碑の記録を読むと、
大正4年11月10日 大正天皇の御即位を記念栽樹 鶴岡青年会とあります。
樹齢は推定で100年くらいと思います。
場所は神主にお尋ね下さい。
悠仁親王殿下が、お健やかに、真っ直ぐにお育ちになられますことを出羽之国からご祈念申し上げます。

                              9月16日打つ

平成18年9月1日の言の葉
宮司言の葉

先日、娘(3女中2)の漫画を何気なくぱらぱらとめくっていたら、恐ろしいことが書いてありました。正当な獣医さんの話でした。かなり詳しい内容で、けっこう引き込まれます。その中で、地球上でもっともどう猛な動物の一種である「わに」の話。そのどうもうな「わに」の皮を使った鞄や靴を高価な値段で買う人がいます。その「わに」は養殖だそうです。では餌は何でしょう?
それは、皮をはがれた「わに」の肉だそうです。「子わに」は皮をはがれた「親わに」の肉を食べ、大きくなったら皮をはがされ、また餌になるのだそうです。誰が考えたのか、究極のリサイクルです。
 最近の、ペットブ-ムもそうですが、「小さな生命」が金儲けの対象になっています。
 地球上で一番どう猛な生物は「人間」です。
人間は、他の生き物を捕食しなければ生きていけません。そこには、「感謝」と「畏敬」がなければいけないと思います。
 今、どうでしょうか?お金に物を言わせて、世界中からたくさんの食べ物を輸入して、輸入した分だけ毎日捨てているという現実。
 なぜ簡単に親を殺して、子を殺すのでしょうか?
子供たちに「生命の大切さ」をどのようにわかってもらえるか?とても不安ですが、「もったいない」という考えと、「生命」あるものへの尊敬する気持ちを伝えていかなければならないと強く思うこのごろです。

9/1打つ

平成18年8月21日の言の葉
宮司言の葉

例大祭終わる!

8/14~17まで続いた当神社の最大の行事が、無事に盛大に執り行うことが出来ました。
 400名を越す人(老若男女)と馬3頭・神輿3基・山車1台・小山車2台の大行列は、3年ぶりの晴天に恵まれ(恵まれすぎて熱中症が心配だった)巡行できました。無事が何よりなのです。
それにしても多くの人に支えられました。町内会連合会・交通安全協会・婦人会連合会・黒川能を始め、奉納の伝統保持者の皆様・小中高の先生方・市役所・警察・商工会議所の皆様・・・・。
本当に有り難うございました。
8/15夕方5:55分に神社に全員が帰ってきて、ホッとして後(西側)をふりかえると、真っ黒い煙が立ち昇るのが見えました。
なんと、加藤代議士のご自宅が火災だったのです。
後に、加藤代議士の発言に対し、抗議の放火と割腹を図った男がいたそうです。報道の通りだとすると靖国神社への発言に対するもの?
小生は、加藤代議士と意見が違いますが、言論には言論でいかないと誰からも共感されない理不尽なテロになります。このような暴挙は絶対に容認できません。
8/10赤川花火の日に、あの事務所で意見交換をしたばかりですので複雑です。加藤代議士には深くお見舞い申し上げます。

これで、庄内の夏も終わりです。
この猛暑には人はまいっていますが、稲にはこの暑さがないと秋の実りがのぞめません。今、しばらくのしんぼうです。
8/18 打つ

平成18年8月14日の言の葉
宮司言の葉
8/14朝7時
いよいよ荘内大祭が始まります。
準備万端!!のつもり。
見所満載の今年の大祭です。乞うご期待。

8/14夕方5:00から、宵祭り。
重要無形民俗文化財「黒川能」が初めて日程を変えて、薪能として奉納されます。お見逃しなく。
500年の伝統文化に、必ず幽玄の世界に導かれます。

夜10:00 神様が本殿から下りてきます。暗闇の中を1本の灯明の明かりだけで、絹垣に囲まれて3基の御神輿に遷されます。

8/15  本祭り
よみがえった砲術隊の轟音・江戸城大太鼓・時代絵巻・愛らしい舞・勇壮な三役奴振り
総勢400名の大名行列は圧巻です。
夜には、盆踊りと・灯篭流し
先祖を見送る静かな時の流れを感じてください。

平成18年8月11日の言の葉
宮司言の葉
一題 お祭の準備
うだるような暑さの中、荘内大祭の準備をしています。
神社職員7名・臨時の男子高校生5名・女子高校生6名・シルバ-のおばさん2名で、力を合わせ行っています。
小学生の舞姫は、汗びっしょりで「豊栄の舞」のお稽古に励み。男子高校生は慣れないながら三役奴振りの稽古で凛々しい侍に進化しつつあります。女人列の現代女性は江戸時代の姫に身も心も華麗に変身します。砲術隊は、最上川の河川敷で2度にわたる実射訓練。ものすごい迫力です。
毎週水曜日には「まっかせろ踊り」の20年ぶりの奉納に向けて稽古。裏方の、運行部会・警備部会・寄付部会もそれぞれがんばっていただいています。感謝しかありません。
8/14・15の両日の晴天を祈りつつ、皆様のご観覧をお待ちしております。

追伸  お願い  
8/16AM9:00から  400名の衣装道具の洗濯・片づけがあります。
ボランティア大募集中です。昼食を用意します。ふるってご参加下さい。
                                 8/11打つ

平成18年7月24日の言の葉
宮司言の葉
一題 復旧工事
毎年、異常気象になるとこれが平年なのでしょうか?
確実に地球がおかしくなっているのでしょうか?
温暖化現象の危険を、学者も、政治家も、市民もわかっているのに、誰も止めようとしない。便利さにどっぷりと浸かってしまったからか?(小生もトイレの紙を少し短くしよう!!)
ところで、今年の長雨の被害は全国規模ですが、当地方も温海と鼠ケ関の間、小岩川で土砂崩れがありました。幸い人的被害はなかったものの、国道7号と羽越線が埋まりました。幸い、7号はいち早く片側交互通行になったものの、羽越線の復旧の目途は立っていません。7/21.22(朝8:00・昼11:00・夜11:00頃)に通過する機会がありました。24時間体制で土日も関係なく懸命に復旧工事をしていました。本当に頭が下がります。
私たちは、茶の間で食事をしながら、テレビを見ていて、「たいへんだの~。早く開通しねど困るのう。」とのんびり感想を述べるだけです。2次災害が起きない事を祈ります。知らないところで、がんばっている人々がいることを忘れないようにしたいものです。
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平成18年7月9日の言の葉
宮司言の葉
一題 舞姫の稽古始まる
8/15の荘内大祭で奉納される巫女舞の稽古が今日から斎館(神社で唯一の和室)で始まった。
 小学2年生から5年生までの12名。師匠は小職の次女紀子(高2)が担当する。初めての子が4名いるが、皆とても可愛い。
暑い日だったが、神社の拝礼の後に、歩行から稽古を始めるが、ゆっくりとした難しい歩き方なので苦労していたようすがわかる。
 この娘たちも、10日間くらい暑い中を厳しい稽古をすると、とても美しい舞姫になる。
8/15午後3:30頃、城址を出発し、市内を巡行して城址に5:30頃帰ってくる。その間、8回ほど一心に舞う姿をぜひ見ていただきたい。
今日は、30分ほどで終わり、衣装合わせをして、冷たいジュ-スをいただき、拝礼をして解散した。最初は足を伸ばして座っていた少女たちも、最後にはきちんと正座をしてご挨拶をする。
 未来の素敵な女性たちよ、美しく凛とした母になって下さい。
7/9打つ

平成18年7月7日の言の葉
宮司言の葉
一題 七夕祭
今年も、境内の手水舎に七夕のしつらえをしました。神社総代の中村氏のお庭に生える見事な10mの笹竹を切ってもらい、奉納いただきました。
職員がカラフルな短冊に糸を通して1,000枚作りましたが、7/1~7夜までに多くの参拝者が900枚ほど下げていただきました。
 願い事は、「家族の健康をお願いします」「就職できますように」「お姫様になりたい」「虫歯が治りますように」「好きな人が大会で勝てますように」
 などなど、とてもほのぼのとしたお願いのようでした。
確かに、今の世の中は、ギスギスし過ぎています。
 日本の異色な首相が、T派閥をぶっ壊し、J党をぶっ壊したのは良いけれども、日本の美しい伝統までも、ぶっ壊してしまったようです。日本人は助け合い、認め合い、譲り合い、共に良くなろうという、あたたかい国だったはずです。
 もう一度、この国の麗しい姿を思い出しましょう。
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平成18年6月25日の言の葉
宮司言の葉 6月25日
一題 姿勢
 最近、総合学習という授業で小学校の子どもたちが当社を訪れる。
6月に2校。7月に1校予定されている。その中の昼食風景。
N小学校の2年生が当社の齋館という和室でのこと。
女性の教師が一言。「姿勢を良くして正座でいただきましょう。」
凛とした声で言われました。小職は清々しさを覚えました。
実は、このような学習とは別に雨宿りに神社の施設を昼食会場として使っていただくことがあるのですが、食事風景がすごいことになっています。
まず座り方がすごいのです。胡坐のままの子供。片膝をついたままの子供たちがかなりいます。しかも男の子も女の子も同じ姿なのです。
家庭でもそうなのでしょうか?
確かに洋風の家が多いので仕方がないともいえます。
あのN小学校の女性の教師に習わせたいと父親の気持ちにさせられた瞬間でした。

平成18年6月24日の言の葉
宮司言の葉 6月24日
一題 幸せとは
24日朝5:00。WCの予選F組 奇跡の決勝トーナメント進出をかけた?日本VSブラジルの後半。
敗色濃厚のテレビ画面を他チャンネルに切り替えると、オペラ歌手の佐藤しのぶ女史が旅する番組でした。11年前のチェルノブイル原発事故の放射能汚染の影響が残るウクライナへの旅でした。事故の影響で癌に侵された子供たちが親元を離れて暮らす病院でした。どの子も、首筋に甲状腺を切除した手術の跡が残り、希望を失いかけているように見えました。
佐藤女史が笑顔で尋ねました。「今、何が一番欲しいの?」
子供たちの答えは、「健康!」
普通の子供には出てこない言葉です。小生はその正直な言葉に胸がつまりました。
そして、オペラ歌手である佐藤女子は、舞台のときと同じように衣装をまとい、舞台化粧をして子供たちに美しい歌をプレゼントしました。
子供たちのリクエストは「アブェマリア」でした。小職は宗教は違いますがその優しい歌声に、「温かい慈愛に満ちた母の姿」を感じました。何の罪もない幸せ薄いこの子供たちには、「母の慈愛」が必要なのでしょう。思わず涙が出そうになりました。
しかし、佐藤女史はさすがです。涙を見せずにマリアのような笑顔と美声で歌いきっていた。
小生は、寝室で眠るわが子の寝顔を見て、幸せだと感じた。
番組が終わり、チャンネルを戻すとブラジル戦が終わっていました。そしてピッチから立ち上がれない中田ヒデが大きく映し出されていました。日本チームはよくやったと言いたい。それよりも「やるかもしれない」と、さんざん持ち上げたマスコミの総バッシングが始まらなければいいのだが。

平成18年6月16日の言の葉
一題 光通信
 いよいよというべきか、ようやくというべきか、光通信に変わりました。今までの、いらいらするような遅さからみると、格段の差です。
 それにしても、今からたった3年前に「最新ですよ!」と言われて導入したISDNは何だったのでしょう。
 ちまたで言われているIT革命とかITの弊害とかITバブルという時代現象。IT化が悪なのではありません。要するに使う人の資質が問題なのでしょう。
 これからは、どんどん言の葉で発言していきますぞ。
それにしても、わけのわからないメ-ルが洪水のように押し寄せるのは何とかしてほしい。
毎日、30通ほど送られてくるメールの内、25通は無関係なひっかけメ-ルです。撃退法があったら教えてください。メ-ルで!!

二題 第3回全国神社関係定期広報誌コンテスト「佳作」に入賞

 この度、当神社の印刷物による情報発信である「社報 神社はん」が、第3回全国神社関係定期広報誌コンテストに於いて、図らずも佳作を受賞しました。
 荘内神社は城下町である鶴岡の中心地、鶴ヶ岡城本丸址に鎮座しております。そのせいか、時々町の人である市民との距離を感じる事があり、神社と崇敬者(町の人)との結びつきを深める為に刊行しました。
創刊は平成8年正月で、年1回だけ発行しています。
創刊号の巻頭言で、御祭神の末裔で鶴岡市名誉市民の故酒井忠明様より、「荘内神社は、地元の人たちの総意で創建されたお宮で、鶴岡の氏神様という意味から神社はんと親しんで呼んでいた。崇敬者から親しまれる社報であることを願う」と御寄稿いただきました。
小職も、「神社は敷居が高くてはいけない」と常々考えておりましたので、老若男女全ての人にできるだけわかりやすく神社を伝えて行きたいと思っておりました。
 この社報は、原稿依頼から、写真選び、編集、校正まで全てを、素人ながら神職が心をこめて手作りで行っています。
まだまだ、伝えきれていないと思うことが多々ありますが、今回の受賞を励みに、一層充実した誌面を作り神社神道を広報していきたいと筆に力をこめております。
平成18年6月16日打つ

5月の言の葉
外苑にある鶴岡公演の800本の染井吉野も終わり、神社の二の鳥居脇の「牡丹桜」が清楚な中にも大輪の花をつけ、参拝者に感動の声を挙げさせています。画像をご覧下さい。両手にのせられる鞠のような珍しい桜です。そして、誰にも気付かれずに咲いている花があります。今は貴重になった「日本桜草」です。真っ白な花を凛と咲かせています。何年もかけて少しずつ増やしてきました。とても、繁殖力の弱い植物ですのでそっと見てほしいと思います。さらに、あと数日すると35本の牡丹が100以上の花を咲かせます。花の女王のように咲き誇ります。花の重みで倒れないように添え木をして、紫外線と雨除けの和傘も用意出来ました。6月になれば、外苑の内濠の中州に3,000株もの菖蒲が次々と咲き競います。市役所の職員が手入れをされています。こうしてみると、自然の営みはなんと規則正しいことでしょうか。大雪で寒くても、季節が来ればちゃんと花を咲かせ、子孫を残そうと懸命に生きています。その慎ましい生き方に比べ、人間社会はどうでしょうか。巡査が盗撮したり、教師が不倫したり、○○連盟会長が不正したり、IT寵児が抜け道ばかり探した挙句に逮捕されたり、偉いと言われる人ほど頭を下げています。そして、アイドルが「気軽に借りてね。計画的にね。」と微笑む「消費者金融=悪徳高利貸し」に業務停止命令が出たそうですが、その資金は、銀行が貸しているという事実はあまり知られていないですね。銀行は高利で貸しているのかしら?先日、日本の商売人のトップに立つ人たちが、靖国神社参拝を止めろと言っていましたが、その理由は商品が売れなくなり、儲からないからだそうです。この人たちはお金儲けができれば、魂も売るのでしょうね。正に私利私欲の塊です。
日本人よ!もう少しやせ我慢しましょう。
5月15日打つ

「年末年始の出来事 三題」
一題 「自然の災い」
 12月31日 朝6時。
朝の日供のために、神社に行くといつもと景色が違うのです。
 前日までに特大テント1張り(鶴岡建設様から特別にお借りしたもの)・片屋根テント1張り・大テント4張り・小テント1張りを建て、机を並べ、電機配線をして、初詣のお客様をお迎えする準備を万全に整え、31日に最終準備となるお守りや縁起物を並べる段取りでした。
 それが、未明より降り積もった雪で鶴岡建設様からお借りした特大テントが、つぶされていたのです。それは、無残にも合金製の骨組が折れ曲がり、シートがたっぷりと水分を含んだ紙オムツのようになっているのです。(赤ちゃんのオムツを変えたことがある人はわかりますよね)
 心配していた片屋根テントは30日に補強の棒を入れていたために幸い無事でした。
参道には30cm位の雪が積もり、一面銀世界でした。男性職員全員に連絡を取り、全員で除雪と壊れたテントの撤収作業。急遽、広島屋さんに電話をして大テント2張りをお借りすることにして、11時頃に何とか復旧すると今度は電気が点かないのです。漏電したようでした。またまた急遽、太田電機に電話して点検していただき点灯しました。
 夕方までかかって全ての準備が整いましたが、これからが本番なので、疲れてはいけないのですがヘトヘトになりました。1月6日に鶴岡建設様にお詫びに行くと、「大変でしたのー。修理をする事になって、かえって負担かけますのー」と言われ、怒られると思って行ったのですが、本当に気持ちの良い会社です。小職もそのようにありたものです。

二題 「人による災い」
 31日の夕方から1日の夜まではとても穏やかな天気に恵まれてお正月を迎えました。深夜の混雑に対しては、警察官や民間のF1警備の方により適切な雑踏整理をしていただきました。夜間の冷え込みに対しては、消雪剤を撒いて対応したため事故も無く、若者が中心でありましたが大勢のお参りがありました。
 朝からは、時々日が差して天気もとても良く家族連れで和やかに大勢のお参りがありました。
 ところが、1月2日の朝6時頃、職員が社務所を開けようとすると、窓ガラスが割られているのです。幸い、二重ガラスで細かい格子窓という特殊構造のために、進入されることは無かったので胸をなでおろしました。
 すぐに警察を呼び、現場検証と証言を求められました。全て終わったのが午前10時頃で、精神的な痛手と時間の損失は計り知れないものでした。早速、おおたき興建にきていただき、修理してもらいました。
 蛇足ですが、事件番号が平成18年の1番だそうです。こんな1番は嫌です。
この度の事故と事件では、年末年始の休みにも関わらず、迅速に適切な対応していただきましたプロの仕事ぶりに感服させられたと同時に、その道のプロの大切さを思い知らされました。

三題「うれしいこと」
 荘内神社で結婚式を挙げられた方々が大勢お参りされました。
ある夫婦は子供を連れて、ある夫婦は出産をひかえた身重の奥さんと一緒に、ある夫婦はいまだに新婚のように仲良く連れ添ってのお参りでした。
 三ヶ日で70,000人(あくまでも県警発表で、当社では判らないが?)お参りいただく中で、運良くお会いできた何組かのご夫婦とご挨拶が出来ました。
 その時のある夫婦のお話の中で「夫婦ゲンカをした時に、ブスッとした顔で挙式の時に読んだ誓いの詞を読むんですよ」その夫婦は、「誓いの詞」を額に入れて茶の間に掛けてあるそうです。ほほえましいお話でした。
エールを送りますぞ。
平成18年1月6日打つ

平成18年1月 年頭の御挨拶
 平成十八年の年頭に当たり謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉り国の隆昌と崇敬者の皆様の御清福をお祈り申し上げます。

 昨年は御神威域である庄内地方が、行政改革から十四市町村から合併が図られ七月一日に東田川郡の余目町と立川町が県内初の合併をし庄内町、十月一日には鶴岡市と西田川郡の温海町、東田川郡の櫛引町、羽黒町、藤島町、朝日村が合併し新鶴岡市、十一月一日には酒田市と飽海郡の松山町、平田町、八幡町が合併し新酒田市となった。
 今回事情があった飽海郡遊佐町、東田川郡三川町も、近い将来合併に加わり、庄内が三市町になる日が来るだろう。
 この地域は「荘内藩」という一行政単位で二百五十年もの間善政が施され、歴史・文化・経済面いずれも、合併に適していた。民間から「大庄内市」誕生を願う声もあったが、廃藩から百四十年も経ち、田川郡に住む人は飽海郡の地理や人心に疎く、もちろんその逆もある。歴史的時間経過という「見えない壁」が両郡を隔て、すぐに一つに収ケンされる事は困難だった。
 この上は、合併を決断された首長、議員諸氏を始め、市民一人一人が「融和の心」をもって個性溢れる街づくりを進める事が涵養である。

 翻って本年は荘内藩が廃され、当地の将来を案じた人々が「庄内発展」を祈り、鶴ケ岡城本丸址に酒井家の神霊を祀る荘内神社を建てられ百二十九年目を迎える。この先人の崇高な思いを、次の世代の為にしっかりと受け継いで行かねばならない。

 本年も皆様にとりまして、より良い年になりますように、ご祈念申し上げます。

平成23年1月~4月4日平成22年3月~12月平成21年~平成22年2月

平成20年平成19年平成18年平成17年

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