宮司のエッセー バックナンバー

過去のエッセー

平成23年4月以前の宮司のエッセーです。各年をクリックすると、その年のエッセーを見ることができます。

平成19年12月27日の言の葉
宮司言の葉

平成20年の年頭に当たり謹んで皇室の弥栄を寿ぎ奉り、
日本国の隆昌と庄内一円の崇敬者の皆様の御清福をお祈り申し上げます。

干支 神社風景

思いやり
 今、「昭和」という時代が懐古されている。貧しくても思いやりがあった時代。映画「三丁目・・・」も大ヒット。教育現場でも昭和を歴史として教え始めている。
昭和という時代は、未曾有の戦いに巻き込まれ、そして敗れた。あの時の先輩たちは身も心も打ちひしがれながらも生きるために必死だった。占領軍が勝利者として進駐して来た時、日本人を下等国民と見下していたが「貧しくても恥を知る国民」と、尊敬の念をもったという。
 翻って、当時とは比べることもできないほど豊かになった現代はどうか。
数百年も続いた老舗も、先人が何代にも亘って守ってきた名産地も、金儲けのために「偽装」をする。
人生の先輩と云われる大人も、賄賂・隠蔽・・・。
これからの時代を担うべき若者も、外見は染め・穴開け・彫る・・・。そして、小金を儲けるために奔走する。

品格
人間に必要な資質である「品格」のない輩が多すぎるのではないか。
かつては、雄雄しくて包容力のある「男らしい」男性がいて、気品に満ちて溌溂とした「女らしい」女性がいた。
そのような「美しく凛とした日本人」は絶滅危惧種になってしまったのか。
あの「美しい国」はどこにいってしまったのか。
もう一度、とりもどさねばならない。未来を託す子供たちのためにも。

第62回式年遷宮
伊勢神宮は内宮・外宮の御正宮に加え125社の別宮と諸官社を有する。全国の神社が本宗と仰ぐ特別の神社である。平成25年に斎行される第62回式年遷宮に向けて諸祭が古例のままに厳粛に取り進められ順調に進捗している。
式年遷宮とは20年に一度、御敷地を改め、古例のままに御社殿や神宝をはじめ一切を一新して大御神の新殿へのお遷りを仰ぐ祭りで、1300年という世界でも例を見ない歴史を有する壮大な蘇えりの国民的祭典である。
昨年は、御鎮座130年記念事業も皆様のお陰で無事に斎行することができました。
当社の歴史は浅いのですが、131年目の第一歩を、皆様の「心のよりどころ」となりますように職員一同、心を新たにして神勤奉仕してまいります。 
本年も、崇敬者の皆様が心豊かに過ごされますように、御祈念申し上げます。

12/27打つ

平成19年12月12日の言の葉
宮司言の葉

◆いい話
一題 涙は大切
4女と映画「マリと子犬の物語」に行ってきました。(実は、この娘しか一緒に行ってくれない)中越地震時の、犬と人間の温かい物語でした。実話を元にして作られたフィクションだそうです。犬と少女の健気な姿に館内は嗚咽に包まれ、子供は声を出して泣いていました。4女もベロ泣きで不覚にも私まで・・・。
ぜひ、子供に見せるべきだと思います。


◆最近、行動の理解できない人がいます。
二題 食事風景
某・・・ライス亭に入りました。周りを見渡すと若いカップルばかり、おじさんは場違いのようでした。隣の席を見ると、女性がずっと下を向いてメール打ち。彼は携帯電話。食事が届いてもそのシーンは変わらず・・・食事中もコートを脱がず、帽子をかぶったままの紳士?これ以上見せられないほどの短い洋服の淑女?が、足を組んで肘をついてだるそうに食べる。とてもかっこ悪い姿。親は何を教えてきたのでしょう。

三題 えぐる一言
あるコンサートで、超有名某歌手が導入部をじっくりと話しながら歌に入ろうとしていた時、客席のいい年をしたおじさんが「はやぐ歌え」と大声。某歌手は内心を隠し、「芸人はのせた方がお客さんの得ですよ」と、やんわりと諭していました。

四題 KYな人たち
某市民会館。次の演技が始まっているのに自分の子供の発表が終わったおばさんの一団が突然どやどやと音を立てて席を立つのです。しかも、よりよって私の娘が演じていた時に。
子供は私たちをじっと見ているのです。気をつけなくてはと思うこの頃です。

12/12打つ

平成19年12月1日の言の葉
宮司言の葉「ブフォ~が町にやってきた」

ブフォ~が町にやってきた ブフォ~が町にやってきた

 12月1日、「松の勧進」が当神社へ来られました。
 石原家では、昔から「ブフォ~が来た」と、子供たちが迎えに出ていました。
「ブフォ~」と言う表現は、我が家だけかもしれませんが、知らない方に説明しますと、出羽三山神社で100日の間修行を積まれた松聖(位上・先途という2名の選ばれた方)が、山伏を引き連れて鶴岡の町を清めてまわる師走の大切な行事なのです。その山伏が吹く法螺貝の音が、石原家では「ブフォ~」と聞こえるのです。

 「出羽三山神社 松の勧進」は11月中旬から、羽黒町の手向地区をまわり、いよいよ鶴岡の城下をまわるために、先ず酒井家にご挨拶の勧進を奉仕して、次に殿様の先祖を祭る荘内神社の神様にご挨拶と清め祓いの儀式をしていただくのです。

 よその神社の神様が、荘内神社に来て「清め祓い」はするのはおかしいのでは?
と思う人もいるかもしれませんが、これには深くて長~い歴史があるのです。
 古い文献を見ますと、江戸中期には鶴岡の城下を勧進している記録が出てきます。酒井の殿様に、城下をまわる御許可を特別にいただいているのです。
 これは、出羽三山神社の長い歴史(1400年)と、広大な御神威域(東日本一円を守っている、荘内神社は、昔の荘内藩の中、現在の2市3町を守る)に、理由があります。
 荘内神社は、明治10年の創建から数えて130年の歴史です。当社の前身ともいえる鶴ヶ岡城内鎮守「御城稲荷神社」の歴史を見ても、平成21年に御鎮座300年を迎えるだけなのです。
 そのような理由から「出羽三山神社 松の勧進」は荘内神社で祈願をして行かれるのです。

 今年は、宮司を始め、子供が土曜日なので3女と4女もお迎えることが出来ました。
「ブフォ~」の音を聞くと、「いよいよ、今年も終わりだなあ」と思います。そして、平成20年の初詣を迎える準備に取り掛かります。

 皆様、インフルエンザなどに負けないで、年末ジャンボ宝くじの夢もそこそこにして、今年のしめくくりを、きちんとしましょう。清々しい気持ちで新年を迎えましょう。
 まだまだ年内の「言の葉」は打ちますけど、とりあえず。

12/1打つ

平成19年11月17日の言の葉
宮司言の葉「窮鼠猫を噛む」

我が家に猫が迷い込んだ話はしましたでしょうか?
9月の半ばごろ、神社にフラフラとした子猫が迷い込んできたのです。
毛並みはグレー・首と手足がが白・しっぽがなが~い可愛い猫でした。
何よりもとても人なつっこいのです。小生が声をかけると「ニャ?」と寄ってきて抱かれたのです。
石原王子 石原王子

家族に相談すると、女性軍に「可愛い?」と言われ、すぐにOK!小生に権限はありません。
動物病院に連れて行き診察を受けると異常なし。さまざまな予防注射を打ってもらいました。(以前はこんなに丁寧にしてたかな?)

名前は、品の良さから迷わず「石原王子」と決定!

その王子が昨日(11/16)の夜、野鼠を捕まえてきたのです。折悪しく小生は小学校の
PTA会議で不在でした。そこに緊急メール?が飛び込んできました。
何かと思えば、
「王子が鼠を捕まえたの。しかもまだ生きている。早く帰って来て・悲鳴」
会議中で帰られるはずもなく、
「帰るまでなんとかがんばれ!」

果たして家に帰ると、家人は誰もいない。全員が座敷に避難しているのです。
茶の間で王子は鼠と格闘しているのかと思えば、遊んでいるのです。まるでじゃれているのです。逃げれば追いかける。止まれば自分もそばに寝そべるの繰りかえしです。
まだ子供だったからでしょうか。
隅に追い詰めたので、いよいよかと思ったその瞬間、鼠は王子に飛びかかってきたのです。
鼠の逆ギレか! 正に、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛む」を見た瞬間でした。
王子よ、「あまり追い詰めたらだめですよ。」

私たち人間社会で、追い詰めていることはないでしょうか?
鉈(なた)で夫を叩き殺したとか、紐(ひも)で子供の首を絞めたとか・・・
追いつめられている人が多いのでしょうか・・・。

11/17打つ

平成19年11月11日の言の葉
宮司言の葉「七五三参り」

11/11 大安の日曜日。
あいにくの雨ではありましたが、小さな紳士淑女たちが保護者に連れられて(近年は1人の親も多いので、ご両親とは言えないのです)
一人の子供に、親・祖父母が付き添い、5~6名の1団となります。この子供達が日本の将来を背負って立つのです。「真っ直ぐに育って欲しい」とエールを送らずにいられません。

気になった家族風景
子供 「DSに夢中」
父  「どこかで煙草を一服」
母  「メールに釘付け」
全員 「無言・無表情」

「少子高齢化が問題?」
政府もマスコミも言いますけど「少子問題」と「高齢化問題」は違うと思います。
この国の人が長生きできることはとても良いことです。
少なくても世界の中で、唯一と言ってもよいほど平和な国家であり続けています。
幸か不幸か直接的な戦争に巻き込まれていません。
そして、医療と福祉がとても充実しているからです。
その結果、経験豊富で元気なお年寄りが多いわけです。なんと幸せな国でしょう。
この人たちのパワーを生かして欲しいものです。
大問題は、「少子」の方です。でも、子供が悪いわけでもありません。

・結婚しなくても経済的に困らない。面倒くさい。人と人との距離がわからない。
・子供をつくらない。いても1人でいい。

このようなライフスタイルが流行しているようで、今だけが良ければ良いという自己中心のような大人の考えが(大人になりきれていない中人もいるのかも)カッコイイと、もてはやされていることが暗い影を落としています。

日本が心配だ!!!

11/11打つ

平成19年10月19日の言の葉
宮司言の葉「品格」

ボクシング世界戦を見て、あぜんとしました。
その前から、挑戦者一家の「言動・風体・態度」には、あきれていましたが。パフォ-マンスにしてはあまりにも、下品なものでした。
あれはメディアが作り出したものでしょう。
「チョイ悪親父と、はねっかえりの悪ガキ」の立志伝イメ-ジ戦略です。
「虚像」以外、何者でもないでしょう。
 ジムの会長が「ボクシングは結果が全てです」と言っていましたが、不慮のバッティングでグラッときた時に、ラッキ-パンチが当ってKO勝ちしていたら、あの悪質な反則指示や、反則行為。チャンピオンを「ゴキブリ」などとののしる下品な言動も許されるのでしょうか。

※断じて違うはずです!!!!

反省させられることもあります。
 私たちは視聴者であり、傍観者であったわけで、まんまと「のせられて」喝采を送っていた時期もありました。
 
他にも巨大マスコミに「のせられている」事はないのでしょうか。
教育・政治・税金・環境・福祉・経済・・・
「変だなこれは」と思ったら、自分一人だけであっても流されずに勇気を出して、立ち止まることですね。
一人だけというのは、本当に勇気がいることです。
ご意見お待ちしています。
せば

10/19打つ

平成19年9月26日の言の葉
宮司言の葉「彼岸花」

秋の神苑に、真っ赤な花が咲きました。
緑色の茎がスッと伸びて(45cm位)、葉はなく直系10cm位の赤い花が突然咲いているのです。
周囲の草花や木々は、だんだん紅葉が始まりつつある中で、凛と咲く彼岸(ひがん)花(ばな)は見事すぎます。

今日9月23日 秋分の日(秋彼岸)に、鶴岡護国神社の秋季例大祭が斎行されました。
鶴岡護国神社の御祭神は、「英霊」と申しまして、国の危機に際し尊い生命を捧げられた方々を、お祭祀りしています。
奉仕する神職は、全員真っ白な装束を著装し、緋袴の舞姫が続きます。
酒井家当主様、遺族会長様、市長様、遺族会員の皆様、護国神社の桜を愛でる会の皆様が参列され、感謝と慰霊の誠を捧げました。
皆様も、一年に一度 「目に見えない尊い何か」に対して、感謝をする日があったらいかがでしょうか。

9/23打つ

平成19年9月22日の言の葉
宮司言の葉 「靖国神社」

9月19日から21日まで、研修会に行ってきました。
若い時に、神職資格を取得すればずっとそのままででよいのではなく、生涯研修という制度がある。それが今回の専門研修であります。

なぜか、残暑(猛暑)だった東京での研修は朝9時から夕方6時30分まであり、学生時代ならまだしも、あと10日で50歳になる小生にとっては、5コマx90分はとてもハードでした。

内容をかいつまんでお知らせします。
江戸から明治への革命的な激変の中での創始の話から、戦後の政教分離の中での社会環境の変化。
とりわけ、最近の「いわゆるA級戦犯の合祀」問題までの多岐に渡るものでした。

 その中で、皆様にお伝えしたい言葉があります。
小野田寛郎 という方を若い皆様はご存じでしょうか?
彼は、昭和20年8月15日に日本が戦争に負けたことを知らずに(あるいは信じられずに)
20数年間も、フィリピンルバング島で、遊撃戦をしていたのです。
最後はたった一人で戦っていました。

ご家族は彼を戦死したと思い、靖国神社の神様として祭られました。
かれは奇跡の生還を果たして思ったことは、「靖国神社に祭られている仲間に申し訳ない」ということでした。そして、日本では天皇陛下も総理大臣も堂々と参拝できない事実を知って、「自分が英霊の変わりに語ろうと思った」そうです。

小野田氏いわく、「日本人は死者に鞭を打たない」・「死者との約束は違えない」
約束とは、何か?

あの時代は、赤紙という召集令状(あなたは兵隊に選ばれました。1週間後に兵舎に来なさいという国からの絶対命令。)が届いた時には必ず従わなければなりません。

そして、万が一戦死した時には?
「国家はあなたを永遠に慰霊と顕彰します」
という約束をしました。それが、「国のために亡くなった人の名誉を守ることが靖国神社の存在意義です」
と言われました。

日本が官から子供まで犯罪のオンパレードになった主な原因に道義が地に落ちたからでしょう。靖国神社問題は、社会のものさしであり、リトマス試験紙です。

英霊に恥ずかしくない生き方をしなければならないと決意した3日間でした。

9/22打つ

平成19年9月7日の言の葉
宮司言の葉 「私たちの身近なお店に元気を下さい」

~共通商品券 荘内藩藩札を利用しましょう~

 今、地元でがんばっていたお店がどんどん閉まっています。いつの頃からでしょうか?「寂れていく中心商店街」のと言われるようになったのは。
思い出すことがあります。私が子供の頃ですから、昭和40年代のことです。

 その当時、私が住んでいる馬場町界隈には、豆腐屋さん・肉屋さん・八百屋さん・天麩羅屋さん・魚屋さん・蕎麦屋さん・ラーメン屋さん等、あらゆるお店がありました。
 夕方になると母親によく「お使い」をたのまれたものです。遊びに夢中な私にとって、ちょっと面倒くさくて嫌だったのですが、その「お使い」の中でひそかにうれしかった想い出があります。2~3軒のお店を廻って最後のお店がヤマサさんというお肉屋さんでした。コロッケ10個を買っていくのです。そのお店は、ご主人と奥さんが2人でやっているのですが、そこの手作りコロッケが本当においしいのです。

 その日も、出来立てであつあつのコロッケを包んでもらいました。「純ちゃん、お利口だのう。」と言われたかどうだか忘れましたが、両手にたくさんの食材(たぶん、豆腐と納豆と野菜だったかも)を今風で言えばエコバックに入れて、300m位の道のりを歩いて帰りました。荷物の重みで手がジンジンしてきたとき、あつあつのコロッケが突然私に語りかけてきたのです。「純ちゃんはえらいのう。僕を食べてもいいよ。」
 私はたまらなくなり、あつあつのコロッケを1個だけ、ぱくっとほおばりました。ジャガイモに挽き肉が入っているだけのとてもシンプルなコロッケなのですが、衣の加減といい、小判型の大きさといい、サクサクした絶妙の味なのです。

 もちろん、紙包みはキチンともどして、知らん顔で帰りました。その日の家族5人での夕食は、私にとってとても辛い時間になりました。コロッケの数が合わないわけですから、大目玉です。でも、うしろめたさに反比例したあのおいしさは、今だに忘れられません。

 さて、今はどうでしょうか?
私の住む町や、歩いていける距離にはお店がありません。いつの頃からか、「ス-パ-」という資本が入ってきたからでしょうか?
最近では車で行くような郊外に、遅くまで煌々と明かりのついている都会型の大店舗(24時間営業もあるようですが誰が行くのでしょう。)が、あっという間に沢山出来ました。
そこに行くと、「いつでも・何でも」ありますから、とても便利にはなりました。

 でも、いつも行っていた近くのお店のおじさんや、おばさんたちと、「めっこいのう」「大きくなったのう」「今日は暑っちぇけのう」「寒ぐなってきだがら、風邪ひがねでのう」などとあたたかい会話を交わしながら、買い物をする姿が無くなってしまった寂しさは私だけでしょうか。

 皆が、無言で買い物を作業のようにするようになったと感じます。
大店舗では、顔はどっかの方角を向いて、「いらっしゃいませ~。こんにちは~」とマニュアル通りの挨拶のような甲高い声を発します。私に言ってくれているのかなと思っていたら、娘に聞くとそうでは無いらしいのです。

 このまま行くと、私達の住んでいる町(中心市街地)にお店が無くなってしまいます。銀座通も、南銀座通も、山王通も、日吉通も、駅前通も、七日町通も、一日市通も、上肴町通も・・・本当にシャッタ-通りになってしまいます。
 そうなってしまうと困るのは私達です。(話は違いますが、鶴岡市14万人・酒田市13万人都市に、映画館が1館も無くなったのは三川町に大資本映画館がたった1館できたため?)
 たまに行くのはいいでしょうが、車に乗って遠くまで野菜を買いに行くのでしょうか?
それこそ地球環境に悪いのではないでしょうか?

 私は、身近にある地元の商店にもっとがんばって欲しいと思います。それはそのまま地元に住む私達の幸福に繋がるものだと思うからです。
 地元商店では4年前から「共通商品券 荘内藩藩札」を発行しています。
この企画は、地元の商店・商工会議所・鶴岡市が協力して行っている「元気を出せ私たちの町 鶴岡」応援事業です。
 この商品券で買い物をすると、「あなた」も「お店」も「私たちの町」も元気になります。
詳しくは、まもなく出ますパンフレットをご覧下さい。
せば

9/7打つ

平成19年8月19日の言の葉
宮司言の葉 「大祭無事に終る」

猛暑の中を、8月14日の歴代藩主墓前祭・宵祭り(黒川能)を始め、夕涼み茶会・生け花展示・深夜の神幸祭、15日の終戦記念日祭・お旅所祭から大名行列の巡行、そして夜の盆踊りに内川の灯篭流し。16日には、剣道大会、400名分の衣装道具の片付け、洗濯があり、17日の例祭本祭・奉納茶会が次々と粛々と斎行されました。19日の奉納弓道大会ですべての神事・行事が滞り無く終えることが出来ました。

しばらくニュースを見ないでいましたが、14日・15日は全国で熱中症での死者が18名もあったそうで、ぞっとしました。大名行列で事故や病人が出なくて本当に良かったと思いました。

私が乗った馬が、体中に汗びっしょりだったのです。4度、たらいで水を飲みましたが、やっと汗がひいたようでした。さらに馬のひずめの跡がアスファルトに、くっきりとついたのです。いずれも今まで経験したことがありません。
 
実は、14日夜の行列運行の直前会議で急遽、対策を練り直したことがありました。それは、氷水に塩を混ぜる。塩飴を参加者になめさせる。氷を増やす。救護車を1台増やして2台にするなどです。

お陰で、参加者は無事でした。塩味の水は大人には好評だったのですが、子供達にはすこぶる評判が悪かったようです。水飲み場を提供していただいた方々には、大忙しだったようす。
ただ、沿道の観客が1名、救急車で運ばれたそうです。

これも偏に、大神様のご加護と、実行委員の皆様、すべての行事への参加者の皆様、そして、物心両面で支えていただきました市民の皆様のお陰であります。感謝申し上げます。

まもなく、写真の公開も出来ます。

なお、特製DVD(1本2500円)もできますので、ご期待ください。

宮司は、やはり疲れました。まもなく50歳です。

せば
8/19打つ

平成19年8月12日の言の葉
宮司言の葉 「大祭近づく」

赤川花火も無事に終わり、いよいよ荘内大祭です。準備万端整いました。
いつもの年だと、週間天気予報に一喜一憂していましたが、今年はその心配がなさそうです。
そのかわり、毎日あづいのにはまいっています。
 猛暑ですの!いやいや酷暑ですぞ!

皆さん、日射病や熱中症には気をつけてください。

荘内大祭のメインである「御神幸渡御大名行列は、8/15 PM3:45に 鶴岡公園二の丸を出発します。そして
・旧荘内藩主酒井家の前
・致道博物館
・御墓所
・上肴町通り
・金峯街道北進
・藩校致道館
・市役所
・産業開館
・鶴園橋
・十日町
・銀座通り
・荘内銀行本店
・みゆき橋
・表参道
PM5:45到着の予定であります。
詳しくは、当社HPで。

ぜひ、ご声援・拍手を送って下さい。
 でも、私の馬には拍手しないでの。
馬が驚いて立ち上がってしまいます。

せば

8/12打つ

平成19年8月3日の言の葉
宮司言の葉 「荘内大祭近づく」

7/23~27まで、伊勢で神主の勉強に行ってきました。祭式というおじさん神主には非常に辛い研修でした。唯一の救いは伊勢の大学に通っている長女に会えた事ですね。
伊勢はとても暑くて疲れましたが、何とか無事に帰ってきました。(途中頭が痛い)

28日は、鶴岡銀座祭りに四女と浴衣で出かけ、明るい社会づくり運動のティッシュとパンフ配り。(生ビ-ル4杯はちょっと飲みすぎました。頭が痛い)

29日は、朝から第三小学校の海浜学校に応援。鼠ケ関まで行き、船の上から監視と激励。帽子をかぶらなかったことがあとあと、大変な事になる。
午後から、結婚式の打ち合わせ。
自民党には逆風ならぬ巨大台風が吹き荒れ、惨敗。私が応援していた有村治子氏は最後の最後で、2期目の当選を果たす。

30日は、第一区神職総代会総会に事務局として出る。このあたりから熱が出る。

31日朝、とうとう医者に行き、1時間点滴を受ける。先生が同級生のため、錠剤を口まで運んでもらった(優しいなあ)
会議を一つこなして午後から朝までコンコンと寝る。

8/1伊勢両宮の例祭に献幣使として参向する。午後から寝る。夜、大祭の初寄り合い(120名参加) うれしくてアドレナリンが出たのでしょうか、元気になる。

大変な十日間でしたが、大祭は8/14~17と迫っています。準備は順調です。皆様のお陰であります。
舞姫さんも暑い中を、懸命に稽古しています。三役奴振りも、砲術隊も稽古が始まります。

皆様、応援宜しくお願いします。

せば

8/3打つ

平成19年7月17日の言の葉
宮司言の葉 「戌の日」

この日は妊娠された母親が祈願した「腹帯」をすると、安産になるという信仰があります。
出産ほど神秘的で大変なことはないと思います。この大事業は、いくら医学が進歩しても古代から現代まで変わることがありません。
しかも男性は絶対に体験することが出来ません。微力ながら男性でも協力はできます。風薬などを服用できない微妙な時期には、クーラーをかけると風邪をひくと悪いので、奥さんが眠りにつくまで団扇であおいでやるのですぞ。
子孫を残すという女性の専売特許であり、尊敬の気持ちで10ヶ月を過ごしましょう。

7/15は日曜日で、まさにその「戌の日」でした。12月ごろに出産予定の方々がご主人やご両親とともに、大勢お参りに来られました。
さらに、先勝のためでしょうか?初宮参りの赤ちゃんが大勢お参りされました。こちらは、両親のそれぞれの両親(祖父母)も一緒なので1人の赤ちゃんに、6人の付き添いです。
全国紙に、このままの出生率で推移すると、500年後の日本は、縄文時代の人口と同じく15万人になるという恐ろしい数字が掲載されていましたが、今日のにぎわいを見る限り、そのようなことはあり得ないと思いました。
 
生命を宿した女性の美しさと、「オギャー、オギャー」と言う可愛らしい中にも力強い泣き声は、明るいた未来を予感するような1日でした。

若い男女よがんばりましょう!!!
せば
7/15打つ

平成19年7月5日の言の葉
宮司言の葉 「七夕様に願いをこめて」

梅雨空の晴れ間に笹竹が高く立ち上がり、五色の短冊に参拝者が思い思いの願い事を書き、
結んで行かれます。
母と子が一緒に、あるいは小・中・高生、あるいは年配の方、あるいはサラリーマン・・・
本当に大勢の方がお参りに来ていただいております。
マナーとして願い事の内容は読まないことにしています。
ちなみに私は、個人的には「家族の平安」です。そして、宮司としては「子供たちの未来に光あれ」です。
最近は、子供に見せたくない、聞かせたくないことばかりです。私たち親も、小さい子供には注意や指導をしますが、中学生や高校生になると「怖いから」と言って、見て見ぬふりをしてしまいます。これって「卑怯な振る舞い」ではないでしょうか?
それでは、子供に「いじめられている友達がいても、あなたも巻き込まれるから知らないふりをしなさい」これでいいのでしょうか?
ご意見をお待ちしています。
せば

七夕様に願いをこめて

7/5打つ 

平成19年6月30日の言の葉
宮司言の葉 「花嫁さんがすれ違う」

水無月大祓の日。要するに6/30の話です。友引の土曜日でした。
 昨日は朝から夜にかけて強い雨が降り、朝方まで小雨が降っていました。今日の神前結婚式の花嫁さんは、雨でかわいそうだなあと、思っていました。
 そうしたら、午前10時ごろから雲もなくなり晴れ間が見え、とうとうカラッと晴れ渡りました。
雨でしっとりとした中を、爽やかな風が心地よく吹いております。
 今日は、12:30から一組。1:00から一組という超過密設定となりました。どちらの方も、某ホテル・あるいは某式場で、3:30からの披露宴でしたので、1分もずらせなかったのです。
 綿密な打合せをして、当神社のスタッフ総動員で奉仕しました。
一組目の方の挙式を、宮司が齋主・禰宜が典儀、楽人(笛)・2女と4女が巫女奉仕。式の途中で、二組目の方々が到着。権禰宜が楽人(笛)・3女が先導しました。
 私の妻がどちらも接待誘導して、何とか無事に奉仕させていただきました。 長女は伊勢の大学に行っておりますので、2・3・4女が手伝ってくれました。(女の子は役に立つなあ・・・)
 どうか二組の花婿、花嫁様が幸せになりますように。

今日の汗は、暑さだけではありません。
今日が一年の折り返しです。厳しい夏を乗り越えましょう
せば

6/30打つ 

平成19年6月28日の言の葉
宮司言の葉 「首都圏キャンペ-ン」

神主には、あまり聞きなれないフレ-ズですが、鶴岡地域の良さを人口密集地域の首都圏にアピ-ルしに行って来ました。
なぜか私は、鶴岡観光協会の会長なのです。(鶴岡にはもっとふさわしい人材がいるのですが?)
市観光課の職員・観光連盟の事務局・某お寺の副住職・旅館のご主人・バス会社の人・温泉のご主人などなど、多彩な顔ぶれでした。
旅行業の各お店に鶴岡のパンフレット(観光施設・藤沢周平氏・温泉・山・海…)20種位を1冊のファイルにして、お渡しするのです。

 今回は、驚いた事にその旅行社の朝礼でPRする機会を得たのです。それも2店舗で。超多忙な会社でそのようなことが出来たのは、今年が初めの経験でした。
 そのうち、1箇所で私が話しました。いつもは、講演のようなことをしているから平気だと、高をくくっていたのですが、時間を気にしながらものごとを伝えるということは、緊張もあいまってなかなかできるものではありませんでした。
浅学をつくづく反省しております。連盟事務局のK氏には、助けられました。
2日間とも、とても暑かったのですが、一番嫌な冷や汗が背中をツ-ッと流れた瞬間でした。まだまだ修行が足りません。

6/28打つ 

平成19年6月13日の言の葉
宮司言の葉 「神苑の新しい仲間」

5月の中ごろに、一人の女子高生がおたまじゃくしの卵を数百個も致道館の水溜りの中から避難させてきて、なぜか神苑の水辺にそっと放していきました。
 しばらくじっとしていたその「おたまさん」たちは、卵から孵りヒコヒコと泳ぎながら順調に成長して足が生え、手が生え、とうとう小さな蛙(全長5mm)になりました。
 まだまだ小さなしっぽが残っていますが、何万年の生物の進化を見ているようです。
エラ呼吸から肺呼吸(間違っていたらスミマセン)に変わったのか、水から地面に必死に上がってこようとしています。
 良く見ると、成長にはそれぞれ差があって、まだヒコヒコ泳いでいる「おたまくん」もいます。
それぞれなの人生です。
「みんなあがんばれ!」
(うるさいなあ・・・がんばってるって。)

せば
おたまさんとおたまくん おたまさんとおたまくん 神苑の水辺

6/13夕方4:52打つ 

平成19年6月10日の言の葉
宮司言の葉 「お幸せを祈り奉る」

6/9AM10:30 1組の神前結婚式がありました。
半年くらい前から、挙式と披露宴の打合せを重ねてきました。
お二人とも若いのにとてもしっかりしていて、参列いただいた方々に喜んでもらえるように、心をくだいていました。

たとえば「席札」 神社に筆耕をたのむのですが、手作りでした。しかも、口では言い表せない可愛いスタンドに立てるのです。お二人の紹介はDVDにまとめ、スライドショ-で見せてくれました。BGMも、お二人で選曲し素敵な音楽でした。

最後は、スタッフまで大泣きの涙涙のフィナーレとなりました。
挙式の数日前に人生の悲しみがありましたが、お二人で力を合わせて乗り越えてのゴ-ルインでしたが、新しい人生のスタ-トに心から幸多かれとエ-ルを送ります。

「二人で、がんばれの!!!」

6/10打つ 

平成19年6月1日の言の葉
宮司言の葉

ある日の事、私の4女(小学4年生)が、ちょっと変なことを言うのです。
彼女の言葉
「今日、学校で男の子たちが喧嘩を始めたの。だんだんすごいことになってきたから、私はこわくなったから君が代を歌ったの。でも喧嘩が終らなくて、とても困ったの。男の子たちは、日本の国歌を歌ったのにどうして喧嘩を止めなかったのかしら。」と言うのです。
この娘は何を言っているのか、さっぱりわかりませんでした。どうして君が代を歌うと喧嘩が収まると思ったのでしょう。

答えはなんと。
私が、1ヶ月くらい前にDVDを借りてきて家族で見たときの事にありました。
タイトルは忘れましたが、
内容は、「戦後まもなくの東京の話で、日本軍の軍楽隊にいた元兵士が、食べるために、ジャズバンドを組んで占領軍(GHQ)がいるクラブで演奏して上手になっていく」というサクセススト-リ-でした。

 その中での、1シーンが今度の話だったのです。
GHQ向けのクラブで日本人が演奏を始めると、アメリカ兵同士による喧嘩がを始まったのでした。原因は、黒人兵がいつも自分たちが危険な場所に行かされると不満を言い始め、白人、日系人、黒人が入り乱れて大喧嘩になったのでした。収拾が付かなくなったその時に、上官がやってきて、日本人バンドに向って「すぐに、アメリカ国歌を演奏しろ!」と命令したのでした。すると、「星条旗よ永遠なれ」が始まると、今までとっくみあいをしていた兵士たちが直立不動になり、国旗に向って敬礼したのでした。
 そして、喧嘩は収まったのでした。
私にはその場面は特に印象的ではなく、すうっと見過ごしていました。
 しかし、小学4年の娘に、印象深く残ったのでしょう。子供の感覚にはびっくりです。
彼女の目には、喧嘩=戦争  和やか=平和  と映るのでしょうか?
小学校での喧嘩で彼女は同じ事をして歌ったのだそうです。
 しかし、男の子たちは止めませんでした。
でも、「なんで、ここで君が代を歌うの?」と、別の意味でびっくりしたでしょうね。
 
喧嘩はいけませんよね。

親ばか言の葉ですみません。

6/1打つ 

平成19年5月24日の言の葉
宮司言の葉  「車椅子贈られる」

 当社はお城址に鎮座していますが、鶴岡市街地の中心でありながら、緑にあふれ、お濠に囲まれています。しかも、平地で高低差もなく段差もほとんどありません。わずかにあった2段と3段の石段にも3年前にスロ-プを設置しました。いわゆるバリアフリ-でしょうか?
最近の傾向は、お年寄りや少しばかり体の不自由な人が家人と一緒に車でお参りされます。しかし、長い(100Mほどの)表参道を少し辛そうに歩かれている姿を見ていると、手助けして差し上げたいと思うのです。
そのような時に、金理事長(鶴岡遊技業協同組合理事長)から、
「いつもお世話になっているから一台寄贈しましょう。」
という、有り難い申し出がありました。
 金氏は、遊技業協同組合として、利益の一部を毎年、社会福祉事業に寄付をされております。
5/24午前中に、きれいでとても軽い車椅子が届きました。
金氏のお心に、厚くお礼申し上げます。
皆様から気軽にご利用いただき、美しい鶴ヶ岡城址を散策して下さい。

せば

車椅子

5/24打つ 

平成19年5月18日の言の葉
宮司言の葉  「小さな小さな回遊式野草庭園 神苑」

 小生の趣味みたいなものですが、昨年5月に境内の西側50坪くらいを整備して神苑を造りました。
 古い瓦を土留めにして、地下水をひき小さな池を3ヶ所あります。
そのうちのめだかがいる池に、女子高生が雨蛙の卵を入れて行ったらしく(眺めているところを話しかけると、致道館の水溜りから5月初めにここに移したしそうです。)100匹くらいのおたまじゃくしが孵りました。
(全部蛙になったら壮観でしょうね!)
 春も盛りになるにつれ、あらゆる山野草が一斉に若芽を吹き、可憐な花を咲かせています。
 私は、毎日のように雑草との戦いで朝の一時間に1000本は抜いていますが、負けそうです。
 朝、地面に這いつくばっているのが私です。よかったら声を掛けてください。

せば
神苑 神苑

5/18打つ 

平成19年5月16日の言の葉
宮司言の葉  「俺は、君のためにこそ死にに行く」

 石原慎太郎製作総指揮の「俺は、君のためにこそ死にに行く」を観にいってきました。十万都市鶴岡と酒田には映画館がなくなったので、三川ジャスコのイオンシネマです。平日の夕方ということで観客が少なく、上映寸前まで私一人でしたが、辛うじてカップルが来たので三人です。(上映中止にせずにイオンシネマのスタッフに感謝)
 六十年ほど前の若者たちが、「自分の命と引き換えに、後に続く人(私たちのこと)がきっと日本を守ってくれる」と信じていたことを、現代に生きる一人としてとても辛く感じました。

 今の日本は、大丈夫でしょうか?
 特攻で逝った彼らの死は報われているでしょうか?
 確かに爆弾は落ちてこないし、平和には違いないのですが?
母の頭を切り落とす息子
育児放棄してポストに捨てる父親……
日本人の心が内部から壊れかけているような気がしてならないのです。

 是非、ご鑑賞をお勧めします。泣くだけではダメです。
 感想をお寄せ下さい。

せば

5/16打つ 

平成19年5月12日の言の葉
宮司言の葉  「ありむら治子参議院議員 来社」

5/11当社に来られ、講演会がありました。
36歳の爽やかな女性議員で、しかも気骨のある方でした。
内容は豊富でしたが、

最近の命を軽んじる世相に対し、命は自分だけのものでなく先人から渡された「たすき」であるから、その重みを大切にする。
また、崩壊したかのような家族の最構築を「きずなを守る」とういう視点で見直しましょう。
さらに、国旗国歌の尊重・領土の確立・拉致された家族の救出・戦没者への畏敬と感謝の顕現・日本の伝統や文化を大切にする。

などなど

多くの皆さんに聴いていただきたかったのですが、告知が不十分で申し訳ありませんでした。

せば

5/12打つ 

平成19年5月10日の言の葉
宮司言の葉 「酒井忠明様の歌碑の前で碑前祭」

 鶴岡の人なら誰でも知っている「殿さま」と言えば、平成16年2月に88歳で亡くなられました17代当主酒井忠明様です。
酒井様をお慕いする人たちが募金をして、平成17年4月に、荘内神社北側に歌碑を建立しました。この場所は、鶴ヶ岡城本丸内北門があった由緒あるところです。
碑文は、平成15年正月に、宮中歌会始の召人として詠まれた

  「今もなお殿と呼ばるることありてこの城下町に我れ老いにけり」

 普通の人では思いもつかない、おおらかな歌であります。
歌碑を建てただけでなく、殿さまの心を継承して行こうと考えた有志が200名ほど集まって、今年5月10日に碑前祭を斎行しました。不肖私が斎主を務めました。
物はいつか無くなりますが、心は永遠です。
子供たちへ、大切な「何か」を残していきましょう。
「何か」とは、何か?
それは「ひとりひとりが、これは大切だ、ゆずれない」と思うものです。
あなたのゆずれない大切なものは何ですか?
そつと教えてください。

 今では貴重な「日本さくらそう」が、ひっそりと、しかも凛として今年も境内に咲きました。少しづつ株が増えてきています。そっとお教えしますよ。

せば

日本さくらそう

5/10打つ 

平成19年5月3日の言の葉
宮司言の葉 「境内の牡丹桜咲く」

 蕾の時は桃色でも、咲くと真っ白くて清らかな、しかもとても存在感のある両手にのる位の大きさの御殿毬のような荘内神社の牡丹桜が満開です。
 境内入り口で、宮司の代わりに参拝者を出迎えてくれています。ぜひ、皆さんも出会ってください。

 桜が咲くといえば、先の統一地方選挙で、荘内神社で挙式を挙げられた若者(42歳)が、新人ながら見事にトップ当選を果たされました。その高い志にエ-ルを送ります。(奥様、たいへんだったでしょう。お察しします。ちなみに、石原家では小生がまちがって選挙に出たときは離婚よ!!!厳命されております。トホホ・・・)

5/3 本日は当神社では初めての大仕事をしました。
昨年秋のキムタク以来かな?
久々にプロフェッショナルな仕事ぶりを見させていただきました。
例によって記者発表までは公けに出来ません。残念!!
個人的にはお話してもよい気もしますが?
いずれにしても、城下町鶴岡を感じた一日でした。
誰かに話したい。でも話せないこのもどかしさ。

せば

5/3打つ 

平成19年4月24日の言の葉
宮司言の葉 「鶴岡市戦没者追悼式」

4月24日 10:30から標記の式典がありました。
戦没者追悼式と言っても、若い皆さんはピンと来ないでしょうか?
鶴岡市が合併して初めての式典でした。戦争で亡くなられた霊を慰め、これからの日本の安泰を祈ったのです。鶴岡市長を始め、県会議員・市会議員(保守革新ともに)など公職にある方、新しい市内のご遺族約250名が参列されました。戦後生まれの私でしたが、とても厳粛な気持ちになりました。
 また、今日は荘内神社の南西側に鶴岡護国神社(明治28年・日清戦争の翌年創立)が鎮座していますが、この神社の春季例大祭の日なのです。この日を大切にしたいと思う私にはとてもありがたい一日でした。

 ところで、桜も散り始めお花見もほぼ終わりに来ましたが、皆さんは鶴岡公園の桜がいつ頃、どのような理由で植えられ始めたか知っていましたか?
 今から100年前、日露戦争の勝利を記念して植えられました。
護国神社の参道両側にも、桜の木が70本くらい密集して植えられています。東京の靖国神社の桜と同じ意味です。戦争に行かれた方々が、護国神社の桜の木になってまた会おうと誓ったのです。
 とりあえず62年間は直接的な戦争をしていない世界で唯一の国が日本です。きっと、偉い誰かが私たち日本国民を悲惨な戦争に巻き込まれないように心をくだいているのでしょう。
 でも、世界の国々の中では毎日・毎時間どこかでドンパチです。
先人の辛苦を思い、今の平和に感謝したいと心を新にした一日となりました。

せば
鶴岡市戦没者追悼式 春季例大祭 春季例大祭

4/24打つ 

平成19年4月20日の言の葉
宮司言の葉 「満開の桜」

世界中で悲惨な事件が頻発しているのに、鶴ヶ岡城址の桜は満開となりました。早朝から参拝される方々の顔も心なしか華やいで見えます。

先日は、団体旅行の方が一名いなくなり、バスにもどらないと添乗員さんが来られました。何度も放送をしたり、公園交番に連絡して、探していただきました。でもいないのです。40名のお客さんを乗せたバスは出羽三山にむけて出発してしまいました。そこに間に合わなければ、最上川の舟くだりまで行かなければなりません。運が悪い事に旅行最終日で、関東に帰るのだそうです。気をもんでいましたら、なんと地元の観光関係の会社の人が見つけて最上川まで送ってくれたそうです。その人は公園から3Kmくらい歩いていたそうです。???

昨日の夕方には5歳の男の子の迷子があり、お母さんが青くなって社務所に飛び込んで来られました。無事に保護され安心しましたが、男の子は平気な顔をしていました。

他にも、カギ(車・家)を落とした人(届いていましたが、昨日はどうやって帰ったのかな)・携帯電話を落とした人(緊張しながら電話をして持ち主がわかったのですが・・・)

社務所が迷子や落し物など困りごとの放送所になっております。
あまり来ないで下さいね。

満開ということは、もう少しすると荘内神社の銘木?一本桜「ボタン桜」が
真っ白いまりのような花を咲かせます。

せば

4/20打つ 

平成19年4月15日の言の葉
宮司言の葉 「鶴岡桜祭りこもごも」

 4/14、15の両日、第10回目の「鶴岡桜祭り」が開催されました。
 12日の午後3時に開花宣言された鶴岡公園でしたが、雨と冷え込みのために、2日間ともに野点ができなくて、参集殿の中でのお花見茶会となりました。今回は、菓子職人とお菓子作りや、絵ローソクの絵付け体験があり、城下町の職人の業が体験できました。
 しかし、2日間ともに100名を超えるお客様が来場され、まずまずの人手でした。
14日には、全国ネットのテレビのロケの予定があったのですが、悪天候のために1週間順延されました。この番組は、いわゆるゴールデンタイムの人気番組です。名前は明かせません。残念!!!
 15日には、山形弁を話す変な外国人で有名なダニエルカール氏が、YBC「旅の見聞録」収録のために来られました。鶴岡の着物美人たちとお抹茶をおいしそうに飲んで帰られました。ご期待されたし。
 さらに、山形県のトップ級の方(女性)も、お友だちとお花見茶会を楽しまれました。
さらにさらに、この日は日曜の大安日でしたので、初宮参りや新車の交通安全のご祈祷もあり、てんてこ舞いの一日でした。
 特に、観光協会の女性事務局員には2日間びっしりとお世話になりました。
お疲れ様でした。

ダニエルカール氏

4/15打つ 

平成19年4月3日の言の葉
宮司言の葉 「お雛さまの村」

今日4/3が鶴岡の月遅れの雛祭りです。
そして2/18から続いた荘内神社雛展の千秋楽の日でもあります。
 昨日、とてもおもしろいことがありました。
新潟県村上市から、お雛見にいらしたご家族の一こまです。
小学4年生の男の子が、高さ3m・幅5mの大きな7段飾りのお雛様を見ていて、畳に座りこみました。すると、だんだん前に行って、突然雛壇の赤い毛氈をつかんだのです。何をするのかと思っていたら、おもいっきりまくり上げました。
もちろん「そんなことしちゃだめよ」と、皆から怒られましたが、その時の彼の話がおもしろかったのです。
「雛壇の中には、お雛様の村があるんだよ。小学校の先生が言っていたよ。」
一同、あぜんとしました。
確かに、壇飾りの中にはお雛様を入れた木箱がいくつも入っています。
それを、「お雛様の村」
 なんという優しい夢のある表現なのでしょう。
少年は、雛壇の中にある「お雛様の村」を見たくて見たくてしょうがなかったのでしょう。先生の情感あふれるあたたかい表現に、愛情を感じました。
何か、ホッとした瞬間でした。
子供たちに、あたたかい気持ちを。
夢をあたえていきたいものです。

4/3打つ  

平成19年4月1日の言の葉
宮司言の葉 「ど根性梅が咲く」

花を咲かせたど根性梅 境内の手水舎奥に一本の梅の木があります。
樹齢は170年くらいだったのです。(天保お座り事件の記念樹紅梅・白梅の一本だとか)
「だった」とは、2年前に老齢のために、根本を1mほど残して倒れてしまったのです。
 抜根せずにそのままにしていたところ、一年後、腐りかけた幹から若々しい枝がニョキニョキと生えてきたのです。
 そして、本日とうとうきれいな紅梅が咲きました。
人も見習って、あきらめないでもう一花咲かせましょう。

4/1打つ 

平成19年3月31日の言の葉
宮司言の葉 「いってらっしゃい」

ちまたは、人事異動で転入転出の方が多いようです。
荘内神社は、異動なし。小生も26年間このままです。
この頃、親子でお参りの方が多いのですが、声をおかけすると、息子や娘さんが進学や就職で遠くへ行かれるそうで、お守りを受けに来られたのです。
親御さん達は、「子供の安全が心配ですの~」と言われます。
小生は「90%の人はだいじょうぶだが、一部の病気持ちのような不審者がいますからの~」と話します。

■安全その1 学校からの帰り道を一つに決めないで、数コ-スつくる。
■安全その2 環境セミナ-とか平和サ-クルとか、一見安心できそうな会には行かない。
(イケメンや美女が優しく声をかけてきますよ!!)
■安全その3 「商品(化粧品・やせ薬・英会話教材・・・)を友人3人に売るとタダになるし、その3人がまた3人に売ると、あなたが親になってバックマ-ジンが入るよ。」
これはマルチ商法・ネズミ講といって犯罪です。うまい話は絶対にありませんぞ!!!!
変だと思ったら、親に連絡する。自分で判断しない。万一買わされても「ク-リングオフ(返品・返金制度)」ありますから。
■安全その4 食・睡眠が最も大切です。
加工食品は、「食品添加物のフリカケ」と思って下さいね。(恥ずかしながら学生時代の暴飲暴食により十二指腸潰瘍になった)

皆さんは、庄内代表選手です。がんばれ~
やすみたいときは、いつでも帰ってきていいですよ。

3/31打つ 

平成19年3月23日の言の葉
宮司言の葉 「甲子園選抜大会」

今日は、選抜の開会式でした。
久しぶりに入場行進から選手宣誓まで、約1時間すべてを見ました。
司会は、青森の女子高生で、凛とした進行でした。
なんと言っても国歌斉唱が男子高生の独唱だったのです。
その男子は山形東高の生徒でした。伸びがあり深みのある素晴らしい声で、青年の式典にふさわしい重みのある堂々とした歌声でした。山形県人として誇りに思います。
 その後の、祝辞が山形一区選出の遠藤文部科学副大臣だったのは運命のいたずらでしょうか。
 祝辞では「朝早く弁当をつくってくれたり送ってくれた両親への感謝。お世話になった人への感謝」を述べられていたことが、印象的でした。
 選手宣誓では、近年の流行の異常に短く切る独特の言い回しながら、「全員が平成生まれの僕たちが新しい風を吹かせます」と、爽やかな宣誓でした。
 無事に大役を終えた千葉県の彼が、ウルウルきていたのがまたよかった。

3/23打つ 

平成19年3月20日の言の葉
宮司言の葉 「とてもうれしい出来事」

冬はとんと降らなかったのが、お彼岸というのにこの雪はどうしたことでしょう。しかも、濡れ雪で重く、雪かきがとても大変です。汗びっしょりになりました。
しかもこの日は、男性職員が2人お休みです。
禰宜さんと小職が2人で1時間余です。(妻も筋肉痛を覚悟でやっていました)

驚きの訪問者がありました。
10年ほど前、保護司として少しの間だけ接点のあった子が、両親と可愛い奥さんを連れて来てくれたのです。
当時の彼はちょっと悪ぶっていたけれど、ひ弱そうな少年だった。今日の彼は成長して立派な青年となっていました。
あの頃は、保護司としては駆け出しでしたので、毎日のように通い、善意の押し売りをしていました。
なかなかわかってもらえなくて、挫折しかかっていました。
 でも、自分で気がつかなければだめだとも思い始めてからは、あまり無理強いをしないでいました。
保護観察期間が終了して、その後の彼の事は知る術がなかったのですが、思いがけない来訪によりまして、今日は本当にうれしい日となりました。
 
まもなくパパとなる君へ
 「まじめに、懸命に生きてくれ。」

3/20打つ 

平成19年3月18日の言の葉
宮司言の葉 「仰げば尊し」

3/18、朝のおつとめは、少々二日酔い気味で辛い。何が辛いか?御神酒を瓶子(白いとっくりのようなもの)に注ぐ時の、お酒の香りが気持ち悪いのです。その理由は・・・
昨日、4女の通う小学校の卒業式がありました。
雪がけっこう本格的に降り続く中を挙行され、寒さと景色が記憶に残る卒業式となりました。
卒業証書を一人づつ授与する場面では、担任の先生が目に涙をいっぱいためていました。(実はPTA会長の席は一番前なのでよく見えるのです)
教え子を送り出す心情がひしひしと伝わってきて、とても感動しました。
この小学校は、「ソング」が学習目標の1つで、生徒が作詞作曲した歌もふくめ何曲も爽やかに歌っていました。ボ-イソプラノで可愛かった。教職員も歌うのです。来賓は?国歌かな。
校長先生が話された「手作りの一品を大切に」はよくわかりました。
私の拙い祝辞は、私らしく素朴に子供たちへのエ-ルと、親としての気構えを話したつもりですが、伝えることが出来たかは疑問です。
午後からは、謝恩会・2次会・3次会・4次会・・・
子育ての事を話していました。わかる親・わからない親・わかろうとしない親
最後までご一緒したK先生は、今朝起きられたでしょうか?

平成19年3月16日の言の葉
宮司言の葉 「仰げば尊し」

3/16 鶴岡市立4中の卒業式に来賓として出席しました。
格調高い吹奏楽部の演奏で国歌斉唱。厳粛な式典にのぞんでいるという気持ちになりました。
某市議方は、起立はしたものの、あさっての方を向いたまま歌わない。嫌いな歌詞だったのかな。
卒業式に第二部がありました。中学生が自ら企画したそうです。
在校生、卒業生が交互に、スピ-チと、合唱です。
声変わりをした男子の野太い声と、爽やかな女子の声がマッチして、素晴らしい歌声でした。
サビの部分では、思わず鳥肌がたちましたよ。
男子生徒のピアノ伴奏は優しいタッチで、プロの演奏家のようでした。
生徒は、涙をぬぐいながらの歌を歌い、感動しました。
できれば「仰げば尊し」を歌って欲しかった。
実は、明日3/17が私にとっての本番なのです。
第三小学校の卒業式で、PTA会長祝辞があります。
だんだん緊張してきました。

平成19年2月18日の言の葉
宮司言の葉 「お雛様公開中」

今年も、お雛様の季節がやってきました。
4日間ほどかけて一体づつ慎重に箱から取り出しました。
平均年齢が、推定200歳ですのでおのずと慎重になります。
お内裏様(享保・古今・有職・立ち雛など)が16組に、様々なお人形と雛道具は数100点になります。

檀飾りは、男の仕事で釘は使わずに楔をうまく使って7段飾りを作りました。
私は、昭和初期の「御殿飾り」を組み立てましたが、180ほどのパ-ツを1時間で完成させました。男の子の遊び感覚も入っています。

さらに今年は、市内の著名な収集家より特別に「全国各地のお雛様・姉様人形」を40体ほどお借りしました。
明治から昭和初期までのいわゆる「郷土玩具」であります。とても貴重なものですので、是非ご覧下さい。

このお人形たちを見ていますと、親が子供をいとおしむ愛情がとても強く感じられます。今の殺伐とした時代あって、もう一度、「家族」のことを深く考えてほしいと思います。
4/3まで毎日行います。
今年は、着物で来られた方は入場料が半額(250円)となっています。


平成19年2月4日の言の葉
宮司言の葉 「立 春」

 雪のない正月となり、私の長い人生(とうとう50歳になってしまった)でも記憶にも無い1月中積雪0cmだった。
2月に入ると思い出したかのように、ようやく1日・2日と雪となり、境内が真っ白く化粧されました。少しホッとした気分になったのは、私だけではなかったようです。
 会う人ごとに「冬が来ましたの~」「何かゆっくりしましたの~」
いつもの年とは違う、少し不思議な会話が交わされています。

昨日は「節分」当神社では特にお祭りは無く、厄除けの皆様に「福豆」を差し上げました。
 我が家では、落花生(昔はかんと豆と言っていました。広東?関東?)を撒きます。以前は子供が小さかったので、私がそっと着替えをして怖い鬼のお面をかぶって、子供たちを追いかけておいおい泣かせたものです。そして家中に豆を撒いて回りました。
 しかし今年は子供も大きくなり、拾うのが大変なので茶の間に撒いておしまいにしてしまいました。(横着ですね)

 そして今日は「立春」です。
「吟醸酒・生原酒・本日早朝搾り」の頒布繁盛祈願がありました。
まだぬるい感じがしましたよ。先ず、神様にお供えをしてお飲みいただいてから、私が「お下がり」を夜にしっかりといただきます。

平成19年1月4日の言の葉
宮司言の葉 謹賀新年

あけましておめでとうございます。
今年は昨年の大雪と違って、雪のないとても静かなお正月となりました。
そのせいでしょうか、一家そろってのお参りの方が目立ちました。ある方は、160mの表参道に並ぶ光景を見て「3度断念して4度目にお参りしました」と、夕方6時ごろに見えました。
多くの皆様のご参拝、本当に有難うございます。
今年は、丁亥歳です。
このような天気のように、穏やかな実直な1年であってほしいですね。

ところで
荘内神社は、明治10年に荘内地方の発展を願って造られましたが、今年は130年の節目の年を迎えます。
皆様と一緒に御慶び申し上げたいと思います。
つきましては
記念事業として、

9月に、
雅楽公演の開催
10月に、
参拝旅行(時代祭りと伊勢神宮参拝)
秋に、
神社誌の出版
神苑の整備

などを、計画します。どうぞご参加下さい。

1/4 何とか打つ 


平成23年1月~4月4日平成22年3月~12月平成21年~平成22年2月

平成20年平成19年平成18年平成17年

ページのトップへ