荘内神社が鎮座している所は、「鶴ヶ岡城」というお城の本丸御殿があったところです。
御城の跡地になぜ、神社が建てられたのか・・・?その理由は、荘内神社の御祭神を見ると分かります。
荘内神社には、庄内藩の歴代藩主の中から4人の方が御祭神として祀られています。
そもそもこの神社は、酒井家の歴代藩主を慕う庄内一円の人々の創意により、創建されたものなのです。
江戸時代の終焉と共に、庄内藩の政治が終わりました。その後にも人々の心に残り、
祀られた酒井家の人々は、いったいどのような人物だったのでしょうか?
荘内神社の成り立ちの礎である、御祭神となった4人の酒井家藩主をご紹介いたします。
しかし、その後も旧藩主を敬い慕う領民の気持ちは強く、
荘内神社は創建当初から現在まで、崇敬する多くの方々の真心によって守られてきました。
これからも庄内の繁栄に感謝しながら、一緒に荘内神社をお守りしていきませんか?
「荘内神社敬神講社」にご入会いただいた講員の皆様に、現在も神社をお守り頂いております。
ご賛同いただける方々のご入会をお待ちしております。
荘内神社は、酒井家の居城跡に整備された城址公園「鶴岡公園」の中にあります。
日本桜100選にも選ばれた桜の名所である鶴岡公園内には、
荘内神社の他にも、酒井家ゆかりの神社が鎮座しています。
神社の本殿隣に位置する宝物殿は、御鎮座120年を記念して、平成10年に開館したものです。
旧藩主家酒井様より奉納された数々の貴重な宝物を始め、旧家より奉納されたお雛様、
雛道具、五月人形、土人形などのお人形など、歴史的にも貴重な品々が展示されております。
また、鶴ヶ岡城下絵図、御城時代の大絵馬など約2,000点を毎月展示替えをしてご覧いただいております。
戊辰の役・西南の役に殉じた藩士の霊をお祀りするため、
酒井家13代藩主酒井忠篤(ただずみ)公が鶴ヶ岡城御金蔵址に明治28年(1895年)に創建しました。
その後も、国の存亡をかけた諸外国との戦い(日清・日露・第一次世界大戦・昭和の未曾有の大東亜戦争)で、
国家のために殉じた方々を英霊としてお祀りしております。
宝永5年(1708年)創建。鶴ヶ岡城内に鎮座する神社で、御城時代の唯一の建築物です。
六代藩主酒井忠真(ただざね)公が、城内鎮守として社殿を建立されました。
明治に入りお城は取り壊されましたが、一般民衆の崇敬が厚かったため、廃社を免れました。
商売繁盛・五穀豊穣のご利益があり、たくさんの朱色の鳥居が特徴的でとても綺麗です。
●御祭神●
倉稲魂神(うかのみたまのかみ)・・・すべての食物と稲の生育を守護
太市姫神(おおいちひめのかみ)・・・農耕、食物の神
五十猛神(いそたけるのかみ)・・・林業の神
須佐之男神(すさのおのかみ)・・・海原を治める嵐の神
大己貴神(おおなむちのかみ)・・・農業、商業の神